私は選ばれなかった子

すごくすごくショックなことがありました。

 

毎日のように妹から口うるさく言われ、

見兼ねた父が

いい加減にしろと、家族みんなもうバラバラに住んだほうがいいのではという話になり、

 

私は以前から母の愛情が私にはなく、

妹の方を強く愛しているとずっと感じてきました。

 

言動、行動、雰囲気。

 

実の母親からのこの感情は私の中でかなり辛く、

傷を埋めるように私も母親にきつく当たることが多かったように思います。

 

だけど娘だから、

少しの望みをかけて

「みんながバラバラになって妹と私どちらもお母さんと住みたいと行ったらどうするの?」

と聞きました。

 

すると

「妹。」と答えたお母さん。

 

これはちょっと、いやかなりきつい。笑

 

でも私にも完全に非があるし、

火種を撒いたのは私。

正直な気持ちが聞きたいと母親に質問したのも私。

 

さあこのきつい気持ちをどうやって処理するか!笑

 

頑張って生きていかねば!笑

その私が好きなんだ

好きな人についてよく考える。

 

今まで人を好きになったことがないから、

完全に感覚的なものなのだけれど、論理的に考えてみたくなる。

 

なぜ私は彼が好きになったのでろうと。

 

2度告白してもダメで、

それでも彼の存在自体が美しく、

思い出は優しく、穏やか。

 

彼といた時間や空間、自分さえもが愛おしかった。

 

人は優しく生きたい、

だけど毎日生活をする中でイライラしたり、

自分の醜い部分ともたくさん向き合う。

本当はこんな自分で痛いのではないはず。

そう思いながらも自分の汚い部分に愕然とし、

落ち込み、ぐるぐると思考が回り出し、

果てには疲れてしまって自分はみっともない人間だと自分で烙印を押す。

 

そんな自分が全くいなくなって、

ただそこには安定した穏やかさと

優しい時間、愛だけがあるのが、

愛する人と過ごす時間。

 

そんなこの上ない幸福な瞬間に気づかせてくれた彼に

ただただ感謝したい。

 

私は、自分の幸せよりも彼の幸せを願っている。

家族よりも、誰よりも。

 

こんな感情に出会えたことが奇跡で、

生まれてきてよかったと思うのだ。

あったかいお風呂に浸かっているような、そんな感覚。

 

オオカミ少女と呼ばれて

父は私をオオカミ少女だと言う。

私は言うことが180度変わるらしい。

 

確かに私は頑固で、その時に強く信じていたものにひたむきになるけれど、

熱が冷めて、冷静になってまた違うものにのめり込んだり、

いい意味で諦めてしまうことが多い。

 

かなら自分の欲望に正直にいきている方だと思う。

そう、自分の欲求に素直なのだ。

 

その時の感情に身を任せて、

割と周りが見えなくなって、

でもそれでも気になったことは全てやってみないと気が済まないタイプで。

 

オオカミ少女とは周りに嘘をつくタイプだけど、

それとは正反対で、

全く嘘をつくことができない。

 

周りの人に嘘をついて生きたくない、

と言うのもあるけれど、何より自分自身が自分に嘘をついて生きるのが本当に嫌。

 

常に自分は自分がちゃんと理解して、

私を優先して、

魂を遊ばせてあげたいと思っている。

 

他人のために自分を不幸にはしない。

誰かの犠牲者や被害者にはならない、と決めているから。

 

優しい人

優しい人が好き、みーんなに優しい人。

私に対してだけではなく、

みんなに分け隔てなく、

全てに思いやりがある

そんな本当優しさを持っている人。

愛情たっぷりの人!

 

そんな人はなかなかいないのかもしれないけれど、

私の好きな人はみんなに優しかった。

悪口は言わないし、

怒っているのをも見たことがなくて

いつもふんわり物腰が柔らかくて爽やか。

 

神様みたいな人、

例えば藤井風。

他人に優しく、地球にも動物にも優しい。

そして自分自身もきちんと愛してあげること。

そう簡単じゃないと自分で認めつつそこに努力すること自体素晴らしい。

それに気づいていることが稀有な存在なんだ。

私だって全然できていないくせにこんなこと言うのもなんておこがましいんだと言う話なんだけどね笑。

藤井風という人

藤井風のデビュー曲、「何なんw」に椎名林檎以来の衝撃を受けてはや数年。

昨日初めて藤井風を生で観てきました。

 

ライブに行くのは得意じゃなくてほとんど行ったことがないし、

正直行きたいともあまり思わないけれど、

藤井風だけは、神の子というのに相応しい気がして

実際に見てみたかった。

 

運良くなら100年開館という

小さなホールのチケットが当たってなんと前から3列目の真ん中の席に。

藤井風が目の前にいました。

 

 

最初出てきた時、

いつもやっぱりディスプレイの中にいることで特別なフィルターがかかってしまうから

その魔法が解けて案外普通の人だなとどの芸能人を見てもそんな風に思ってしまうけれど、

(みんな同じ人間なんだから当たり前)彼も多分に漏れずそんな風に感じました。

 

だけど声が小さくて、ドジして、ふんわり自然体な彼と

ピアノを弾いて歌を歌っている彼。

 

今回は完全なワンマンだから本当にそこにはピアノと彼の声だけがあるのだけれど

それだけどこんなにも魅せられるのはやっぱりすごい、特別なんだと思いました。

 

岡山にルーツのある私にとって、

藤井風はその岡山の全ての思い出と繋がる、思い起こさせてくれる

エモーショナルな存在。

 

藤井風はノスタルジックなのです。

 

いろんな曲があれど、

優しさ、旅路、帰ろうはやっぱり

また生きようと思わせてくれた大切な曲だから泣ける。

 

実際そこにいると縦にも横にも大きくて、年下なのに貫禄がすごい藤井風は

なんだか少し人間離れして見えた。

 

奈良だけに大仏のように思えた

そんな不思議な藤井風でした。

 

これからもきっとこの人は音楽を愛し、音楽に愛される人。

もしかしたら純粋な彼はフッと消えてしまうかもしれないけれどきっと

音楽と共に生きて楽しみ続けるんだろう。

 

 

 

苦手な人といる時の自分

人間誰しも苦手な人というのはいるもの。

 

私も、あ…合わないかなあと思うとすぐに離れていっちゃう。

周りの人たちは悪口を言ったりしながらも

仲良くしてるけど(大人になるとそうして生きていかなきゃいけない時もあるんだろうなあ)

私にはできない。

嫌な思いを抱えてその人と接するのも嫌だしきっと相手にもその想いが伝わって

誰得?な状態になるから。

 

他人であれば割と割り切ることができて、

そんなにネガティブな気持ちを引きずることもないのだけれど、

家族となるとそうはいかない。

 

いやでも一緒に生活しなきゃいけなかったり、

共有しなきゃいけないこともある。

 

そこで考えてみたんだけれど、

苦手な人がどうこうというよりもそんな風に思っておいる人といる時の自分はぎこちなくて自然体でいられないから自分が気持ち悪くなるから嫌なのだ。

 

休みの日は自由な心でいたい。

ぎゅっと縛られるのは苦手だ。

 

人間自由だったら幸せだよなあ。

みんな周りに迷惑かけない程度に自由に楽しんで生きたらこの世界は平和だろうなあ。

 

 

 

笑顔でいること

昔から笑顔をよく褒められます。

 

意識しているんじゃなくて周りの人たちは

楽しくて面白いから

一緒にいて幸せだし自然とずっと笑ってる。

 

面白い人生がいいし、

笑ってる時って本当に幸せ。

 

笑顔が最高!ってすごく嬉しいこと。

私に釣られて周りも爆笑することが多いのもまた最高笑

 

どうせなら笑って楽しく生きていきたい!

みんなも一度きりの人生だから楽しもう!的なマインドで笑

ふざけときたい😂